1988年12月。本格的に到来した寒波に日本中の人々が震える中、
東京にある四方わずか400mの“空間”だけは、
まるで別世界であるかのように人々の熱気で満ちていた。
東洋一の歓楽街、神室町。スーツに靴、バッグ、腕時計……
数十万はくだらない高級ブランド品をふだん着感覚で身にまとう人々。
陽気で楽観的な時代。欲しいものは何でも手に入る、
誰もがそう思っていた。
だが、金がすべてを支配するこの街で、
金をいくら積んでも手に入らないものがあることを、男たちは知っていた。
それは一分の隙もなくコンクリートで埋め尽くされた街に偶然生まれた、
“たった一坪”の空き地だった……。
そのころ、神室町界隈の裏社会では、とあるプロジェクトの利権を巡り、
水面下で熾烈な争いが始まろうとしていた。
“神室町21世紀再開発計画”。それが、その巨大利権の正体だ。
数万を越える遊興施設に飲食店、風俗店がひしめく一大歓楽街に
突如沸き起こった再開発計画。
それは、これまで街を牛耳ってきた権力者たちの、
スクラップアンドビルドでもあった……。
巨大商業施設・ミレニアムタワー建設のために必要な土地の
“最後の1ピース”を誰が用意できるのか?
神室町の“次の支配者”を決めるための闘いが幕をあける。
金に溢れる欲望の時代を謳歌する“表”の人間たち。
その上がりを搾り取って、さらにその先の利権を狙う“裏”の男たち……。
表と裏、“白と黒”が奇跡のバランスで交じり合う神室町という空間。
その片隅に、まだ白にも黒にもなりきれない、中途半端な若者の姿が
あった。
東城会直系堂島組若衆・桐生一馬。二十歳。
腕は立つが愛想はない。他人をだます知恵もない。
暴力と金。ふたつの“力”が必要とされる裏社会で
器用に立ち回ることができない若者は、その日も人目のつかない路地裏で
借金取りの“バイト”をして食いつないでいた。
何が欲しいのかもわからない。
未来に描く夢もない。
欲望に満ちた時代の流れに取り残されたかのように
フラフラと街をさまよう若き極道。それが桐生一馬という男だった。
だが、桐生が借金を取り立てたその晩、事件は起こってしまう……。
神室町の中心、ビルの隙間にあるたった一坪の空き地、
通称“カラの一坪”で起こる殺人事件。
容疑者のひとりとなった桐生は、突如権力を狙う男たちの
欲望の渦へと引きずり込まれていく。
その裏に東城会、そして堂島組を巡る、
とてつもない陰謀が隠されていることなど、知るはずもなく……。
神室町に不穏な影が落ちる中、
関西のある一角が神室町と見紛うほどの熱量を放っていた。
西の大歓楽街、大阪・蒼天堀。
この街もまた、時代の熱に浮かされた人々で溢れ、
道々は華やかなネオンに彩られていた。
だが神室町に東城会という“裏”があるように蒼天堀もまた、
西日本最大の極道組織・近江連合という強大な“裏”の勢力が存在した。
そんな街で“夜の帝王”と呼ばれる男がいる。
閉店寸前のキャバレークラブを一躍蒼天堀No.1の人気店に押し上げた
遣り手支配人。
キャバレー“グランド”支配人・真島吾朗、二十四歳。
洗練された身のこなし、「お客様は神様です」と言い切る異常なまでの
献身……。
まばゆい光の中を颯爽と行くその姿は、
金と名誉、すべてを手にした“時代の寵児”そのものだった。
だがそれは彼にとっては偽りの姿に過ぎなかった。
真島が表舞台で生きなければならない本当の理由、
それはかつて犯した裏切りへの罰だった……
身をおいていた組の命に背き、苛烈な拷問を経たのち極道社会を追放された落伍者。
極道として生きることすら許されない男に与えられた“罰”は、
蒼天堀という巨大な“檻”の中で、監視されながら生きつづけ
金を稼ぎだすこと……
真島は刑務所に入った親友の帰りを待つため、
罰を受け入れながら“極道への復帰”をひたすらに待っていた。
そんなある日、真島に“檻”から出る千載一遇のチャンスが訪れる。
だがそれは、踏み出せば二度と後には退けない禁断の選択だった……。
時代に取り残されたふたりの男。
この男たちがさまざまな思惑に巻き込まれ、“カラの一坪”を巡る抗争に
飲み込まれてゆく。
いま、一つの時代が終わり告げ、二つの伝説が始まろうとしていた。